うまくいかない。
拝啓、父ちゃん、母ちゃん、俺の担当したクラスのガキどもが、最近、ますますこ憎たらしくなってきやがりました。
授業中に居眠りするは、早弁するは、抜け出すは、いたずらするは...。
俺の堪忍袋がぶち切れそうです!
なーんて、思ってみたところで教職を辞めたいとか思わないんだから俺はほとほとこの教師という職業が好きなんだと思う。
生徒たちは個性があって、色んな問題も抱えて、得意不得意もあるけれどそれらをひっくるめて干渉しすぎないようにサポートするように指導していく。
最初、緊張してガチガチで子どもたちとの会話もぎこちなかった俺だが、今日では、

「こらぁああーーーー!またんかっ、教室に戻れっ!!」

俺の怒声も様になってきただろ?俺、きっとアカデミーで一番声がでかいって自負できると思う。
教室を抜け出そうとしていた生徒に鉄槌を食らわせてトイレ掃除を言いつけて、俺は職員室へと戻った。
席に座って大きく息を吐くと、隣に座っていたミズキ先生がお疲れ様です、と声をかけてきてくれた。

「ミズキ先生もお疲れ様です。」

俺は軽く笑みを浮かべた。ミズキとはアカデミーからのクラスメイトだ。たまに遊んでいたような気がしたが下忍になってからはほとんど顔も合わせてなかったけど、同じアカデミーの教師として再会して気軽に声をかけられる同僚となっている。

「イルカ先生のクラスは元気がいいですよね。俺のクラスももう少し元気があればいんですけど、みんな大人しくて。」

俺のクラスは知力も体力も平均すれば中なのだが、それは個々の力を平均したもので、知力がずばぬけているサクラもいれば忍びの基本中の基本も解らないナルトのような子もいたり、サスケのように飛び抜けて忍術の才能のある子もいればナルトのように苦手な術がとことんできない子もいる。
そう、目下俺の頭を悩ませているのはうずまきナルト、こいつだ。
根性はあるんだが如何せん力を向ける方向性が間違っていると思う。いたずら事に心血注ぐよりも忍術に励めよってな。
ま、そんな気苦労も知らないで今頃はトイレ掃除を文句言いながらもやってるんだろうけど。
それからしばらく答案用紙の丸付けをしていたが、時間を見てそろそろ掃除も終わった頃だと見計らって席を立った。
もう夕暮れ時に近いせいか、アカデミーの廊下を照らすあかね色が映えている。
もう生徒達のほとんどは帰ってしまったのだろう、人の気配はあまりない。
俺は言いつけていたトイレの前まで来た。ナルトは殊勝にもトイレの前でぶーたれて待っていた。

「お、ナルト、綺麗に掃除したか?」

「ぴっかぴかに磨いてやったってばよっ。これでいいだろっ。」

ナルトは俺の顔を見て頬をふくらませて背を向けようとした。こいつは言ったことは守る奴だ。きっとトイレは本当にピカピカに磨かれていることだろう。

「待てナルト、掃除をがんばったお前にこれやるよ。」

俺はポケットに持っていたあめ玉を数個、ナルトの手に握らせた。

「これに懲りたら授業、抜け出すなよ。まったくお前は好きな術の覚えはいいくせに苦手なものは見向きもしないんだから、そんなこっちゃ立派な忍びにはなれんぞ!」

俺はそう言ってナルトの額を小突いた。

「別に...。」

諦めにも似たその小さな呟きに、俺は顔には出さなかったが心中は激しく波打っていた。
ナルトは、九尾の力を体に封じている。12年前の惨事を知っている者は誰でも知っていること。それを口にすることは禁忌だが、ナルトを見る目が恐ろしく冷たくなっていることにナルトは気付いている。気付かない方がおかしいだろう。
何の謂われもないのに陰口を叩かれて、それでもひとりぼっちで生きていかなくてはならない。
俺だって九尾に親を殺された。その怒りを、悔しさを、憎しみを忘れたわけではない。だが、それは九尾であってナルトではない。
最初に出会ったとき、ナルトは今よりもずっと生気のない顔をしていた。誰にも相手にされずに、ひとりでなんでもしなければならない。親の愛情も、友達の信頼も、何一つとして自分に向けられるものはない。俺はナルトという存在は知っていたが、こんな扱いを受けていたとは知らなかった。もしかしたら無意識に知らない振りをしていたのかもしれない。こんな小さな子ども一人に全ての悪の根元が宿っているとでも言うような目つき、その中に自分も含まれていたかもと思うと吐き気がした。
アカデミーの教師の中にもナルトを見る目に剣呑としたものを含ませている者もいるのだろう。そしてナルトはそれをどんな思いでこの小さな子どもの体で耐えているのだろうか。
今日、ナルトが抜け出した授業をしていたのはそんな中の1人だったのだろう。俺はナルトが教室を抜け出したと聞いて、職員室から飛び出してナルトを探して叱りつけたのだ。
だが、そんな俺にナルトを叱りつける資格はあるのだろうか。
時々不安になる。俺はナルトのように人々から忌々しいと憎まれるような目を向けられたことはない。ナルトのようにひとりぼっちで過ごした夜だってナルトに比べれば少ない。俺は教師として、木の葉の大人として、ナルトに何を教え、伝えてやれるのだろうか。
ナルトはにぎっていたあめ玉を一つ口に入れてころころと転がした。

「俺、帰るってばよっ。イルカ先生またなー。」

ナルトはそう言って走って行ってしまった。俺はその後ろ姿をただただ見ていることしかできなかった。

俺は、卑怯者だ。

 

 

それから数日後、その日俺は同僚のスガリ先生に呼び出された。ナルトのことで担任である俺が他の教師からお小言を言われるのは、実は結構頻繁にあることだ。
まあ、ナルトのいたずらはたまに常軌を逸しているものもあるし、申し訳ないと思うものもあるのだが、中には九尾を宿す子の担任だからという理由で、攻撃的な言葉を向けられることがある。まあ、今日は女性の先生なのでお小言と言っても優しいものだろう。
楽天的に考えて呼び出された中庭へと向かう。

「すみません、お待たせしましたか。」

中庭に着くと、俺を呼んだスガリ先生が待っていた。
スガリ先生はくの一出身の上忍で、はっきり言ってこのアカデミーの中の実力は1.2位を争う程の力の持ち主と言えた。だが性格は穏やかで上忍と言えども皆気さくに話しかけられる先生だ。

「いえ、大丈夫です。すみません、わざわさせお呼び立てしてしまって。」

スガリ先生は申し訳なさそうに微笑んでいる。美人だよなあ。アカデミーの中の高嶺の花って言われてるだけあるよなあ。

「いえいえ、それでどのようなご用件ですか?」

とりあえず職員室で話せるようなことではないのだろう。俺は心持ち背筋を伸ばした。

「イルカ先生、好きです。私とつき合ってくださいませんか?」

俺はぽかんとした。俺、女性から告白されたの初めてなんですけど。
うわー、うわー、どうしよう。相手は俺よりも年上でしかも上忍で強いし性格もいいって評判の人だ。ここで断ったりしようものなら同僚からやっかみとも憎しみともつかない言葉が飛ばされるに違いない。

「あの、ありがとうございます。こんな俺に、勿体ないです。でも、すみません、俺、今は仕事が大事って言うか、恋愛事は今はちょっと考えられないって言うか。」

うん、それは本当。だってもうすぐ卒業試験だってあるし、ナルトも今度は合格できるといいけど。しかしここで断ってこの先こういうチャンスって俺にあるのかなあ?ないかもなあ。そう思ったら少し惜しい気がしないわけでもないけど、でもそんな打算でつき合うってのはどうかと思うしな、やっぱりここははっきりと断った方が相手にとっていいよな。

「えーと、そんなわけで、」

「思い上がるなよ、中忍風情が、」

あ、あれ、何か今、すごい低くて怒気をはらんだ声が聞こえた気がするんですけど。
俺はスガリ先生を見た。
うわ...。
くの一って言うのは、ここまですごいものなのかと思う程、般若のような顔をした人がそこにいた。
俺、今日生きて帰れるんだろうか...。

「中忍が上忍の告白を断れるわけないでしょう。折角あのナルトがらみの面倒も私の力で抑えてやろうと思ったのに。」

その言葉に俺はひどく苛立った。

「あの、上忍云々は今は置いといても、ナルトの面倒ってのはなんですか?俺はナルトが面倒だなんて思ったこと一度もないですよ。確かに手のかかる子ですが、あいつはまっすぐで根性のある奴です。今はいたずらばっかりしてますが、いずれ忍びとして立派に育っていきますよ。」

「馬鹿じゃないの?狐が体に宿ってるだけでもうあのガキは生きた傀儡よ。里で普通の子として生かしてもらってるだけありがたいと思ってもらいたいものだわ。それが忍びなんて、とんでもない。」

うすら笑うこの人が本当に同じアカデミーで生徒に教鞭を振っている人物とは思えなかった。こいつ、ナルトをただの器とだけ見て、1人の人間として見ないのか。だが、こういった人間がいることもまた事実。それはこのスガリ先生だけではない。だが、その言葉は許せなかった。

「あなたに選択権はないわ、私がつき合ってやるって言ってるのよ。ありがたく思いなさい。」

俺は憤慨した。

「冗談じゃないです。俺の大切な生徒を愚弄するような人とつき合う程俺は腐ってませんよっ。」

うわー、上忍相手にけんか腰になってどうするよ俺っ。俺って昔からそうなんだよなあ、こう、頭にかっと血が上ると思わず口に出ちゃうって言うか。いやいや、今はそんなこと考えてる時じゃなくて、確か昔酒の席で女を静めるためにはひたすらこちらが下手にでるんだっけ?だめだ、頭が段々焦ってきた。

「うみの先生、いざとなればあなたなんか私の幻術と暗示で無理矢理言うことを聞かせることもできるのよ。」

スガリ先生は印を結び始めた。やばいっ、この人本気だよっ。
俺は逃げの体勢に入った。逃げられるとも思えないがそれでも諦めるのは嫌だっ。

「あー、そこまでね、あんた。」

その声と姿に、こんな状況、以前にもあったなあ、なんて俺は焦っている頭の隅っこで思った。